レズビアン(LGBTQのL)のスタンダップコメディアンの中で別格の実力者。といった印象を持たれている様子なのがハンナ・ギャズビーです。2019年に、優れたテレビ番組を讃えるアメリカの「プライムタイム・エミー賞」で、ハンナ・ギャズビーが発表したスタンダップコメディ「ハンナ・ギャズビーのナネット(Hannah Gadsby: Nanette)」が、脚本賞の「バラエティ・スペシャル部門(Outstanding Writing for a Variety Special)」を受賞しています。受賞のインパクトをおおげさに捉えると、「2019年に英語圏で放送されたコンテンツの中で最も時流を捉えていた」などと言えるのでは、という気もします。
↓ハンナ・ギャズビーのナネット(Hannah Gadsby: Nanette)
ハンナ・ギャズビーの芸風は「地に足ついた、知性と教養のあるレズビアンが、女性の視点で世の中の不満や皮肉を表現しつつ、矛盾をつっこんだり茶番をいじったりする」となるでしょうか。名作「ハンナ・ギャズビーのナネット」では、「自分はセクシャルマイノリティ(LGBTQに該当する人)だけど、テレビに写っているような目立ったセクシャルマイノリティにはついていけない」というスタンスを示しつつ、社会の頂点に君臨しているとされる非セクシャルマイノリティの白人男性に対して、女性として憤怒を表現しています。その表現に、英語圏で生きる白人男性ではない全ての人が否定できない要素があるように見えて、強力だと思いました。
ハンナ・ギャズビーは大学で美術史を専攻していたことでも知られています。アートをいじるネタでは、有名な作品や作家について、フェミニズム(男女平等をめざす思想)の視点で突っ込んだりします。滑稽で面白いです。アートをいじりながら、「白人男性が主人公の社会」という英語圏の共通認識がレズビアンの女性の本音とリンクして主張されていくので、ネタに説得力があります。「ハンナ・ギャズビーのナネット」は、ピカソに関する怒りが見どころと言われています。そこに至るまでに、「笑いとは」や「脚本のひみつ」や「芸術家の種明かし」ともいえる、コンテンツを作る全人類がひやっとするようなコンテンツを用いた補足がなされるので、全体的にハイブロー(教養や学識のある様子)な作品に見えます。
「ハンナ・ギャズビーのナネット」のパフォーマンスの印象が強いためか、ハンナ・ギャズビーは「怒っているレズビアン」という印象が無くもないように感じるのですが、それはただの印象かもしれないと感じました。その後の作品「ハンナ・ギャズビーのダグラスに捧ぐ(Hannah Gadsby: Douglas)」や「ハンナ・ギャズビーのスペシャルでSHOW(Hannah Gadsby: Something Special TV show)」では、どんどん肩の力が抜けていくような面白さを感じたので、ハンナ・ギャズビーは、これまでもこれからも面白いスタンダップコメディアンだと思います。
↓ハンナ・ギャズビーのスペシャルでSHOW(Hannah Gadsby: Something Special TV show)