「アメリカのスタンダップコメディアンのレジェンドといえばデイヴ・シャペル」という話をよく聞きます。そうかもしれません。日本では、「コメディアンでレジェンドといえば松本人志」というイメージがあるように思うので、この記事でデイヴ・シャペルのことを「アメリカの松本人志」としました。なんとなく雰囲気が似ていると感じることが私はあります。デイヴ・シャペルはアジア人ではないですが。
デイヴ・シャペルの面白いところを簡単にまとめると、アメリカ社会における「おかしいやろ」「すべってるやろ」ということについて徹底的にいじっていくスタイルが面白い。となるでしょうか。そういったスタイルが許されるし期待される人物なのだと思います。世論を作る人というイメージもあります。
デイヴ・シャペルは、トランスジェンダー(LGBTQのTにあたる人々)をネタにして批判を受けたことでも有名です。デイヴ・シャペルとしては、「トランスジェンダー」という看板にのっかって無茶をしているであろう人を見据えて、いやそれは「おかしいやろ」「すべってるやろ」、といった具合でいじる。という意味だったのかな。という印象を受けました。いじるとき、いじる対象を丁寧に分別して保険をかけず、あえて主語が大きいままいくスタイル。あれこれ巻き込んで炎上するけれど、それをフリとして、「ほらな、またどうせ見分けつかへんのやろお前ら」と、世間(観客)に問うていくスタイル。やりきっているし、スターだなと思います。
マイケル・ジャクソンに性的虐待を受けた少年を演じるデイヴ・シャペル。(Image via youtube)
デイヴ・シャペルの芸風を一文でまとめると、「クラックヘッド(クラックコカイン中毒者)とかに見えそうな黒人がアメリカ社会のおかしなところをいじってボケたおしながらつっこみたい」といった内容。時折見せるきてれつな表情や動きのせいで、話の内容やロジックをこえた笑いが発生しているように見えることもあります。そのとき、話の内容とリンクして、神がかって滑稽なときがあります。狙っていないところも実は狙っているかのようで、おぞましい気分になります。画面からこちら側を覗かれているような。つまり刺さっているのだと思います。怖いくらい面白いってこういうことか。と思わされなくもないです。こういうとき、変態的とか天才的とかいう言葉があてはまるのかもしれません。
なんて説明するとデイヴ・シャペルが狂人のように聞こえますが、そうではないと思います。恐らく(というのも実際に会ったことがないので)、極めてニュートラルな人物だと思います。だからといってはなんですが、黒人の喋り方をしている時に、ちょっと気になる時があります。例えば、「あいつ」くらいの意味で、黒人が黒人に対して親しみを持って使う「ニガー」という言葉を使ったりします。アメリカ人の白人のゲイのアナウンサー「アンダーソン・クーパー」もデイヴ・シャペルにニガー呼ばわりされました。でもアンダーソン・クーパーの場合、「あいつはグーグルより速い(This nigga is faster than Google.)」と、仕事の速さを褒められていましたが。だとしたら0.5秒くらいでしょうか。速いです。
なんだかんだ結局デイヴ・シャペルはやばい。と聞こえかねない説明になってしまいましたが、デイヴ・シャペルはまともな人だと思います。なぜなら漫談がそのまんま、アメリカの勉強になりそうなくらいだからです。「メディア・リテラシー」という単語を聞き飽きて麻痺したくらいの、教養のある普通のリベラルなアメリカ人を中心としたアメリカ社会を見据えた漫談だと思います。それでいて理不尽を受け入れているような達観した態度にも見えるので、聖人のように見えなくもないです。ちなみにデイヴ・シャペルはイスラム教徒です。
↓デイヴ・シャペルの対談動画